信仰を持つということ

全力で一生懸命に生きることができる世界

こんにちは!あやです〜。

今日は改めて「なぜ自分が信仰を持ち、教会に通い続けているのか?」を書こうと思います。

まず前提として、聞いている御言葉が最高に面白くて、神秘的なんですね。その御言葉によって人生が良い方向にどんどん変わっていることを実感しているから学び続けるために教会に通ってます。

(本当におもしろいのよ。たまらんっっ)

そして自分がキリスト教福音宣教会の教会に通うようになって「ああ、ここ好きだわ」と思ったことがあるんだけどそれは何かと言うと

全力で一生懸命に生きて良い

ということ。

喜びの舞!

根が真面目なもんですから、昔から何かルール的なものを守って生きることが好きだったんですね。

あとは、自分の人生に情熱を持って生き続けたいという夢があったの。昔から結構熱い人ではあったけど、それゆえに?冷めた目で見られることもあったんだよね。

それがとても嫌だった。

だけどもキリスト教福音宣教会では、全力で生きることができるんだ〜〜!

むしろこの御言葉を教えてくれている鄭明析(チョンミョンソク)先生は、誰も真似できないくらいに一生懸命に生きているの。本当に尊敬しています。

だからどれだけ全力で生きても上には上がいる環境だし、揚げ足を取られることもない。そしてなにより自分の人生を本当に大切にすることができます。

ああ、これが信仰を持つってことなのか。幸せだ!嬉しい。

と感じながら生きています。

神様はよく御言葉で「あなたたちはやればできる」「努力だ」など伝えてくれます。私、こういうことを言ってくれる人(神様は人ではないけど)が大好きなんだよね。

※もちろんこんな太陽のような御言葉だけではないですよ

前向きになれるし、もっと自分を信じてあげることができるし、それを通して信仰も強くなる!

先生が本当に分かりやすく御言葉を教えまくってくれるおかげで、実践しやすく、それにより人生が変わりました。

本気で生きていける環境で今、生きています。

はあ〜この文章を書きながらワクワクしてきちゃった!笑

教会も御言葉も大好きだ〜〜!!

先生もイエス様も心の底から尊敬しております〜〜!

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